パラ競泳・富田宇宙 銀メダルに涙「ほんとに、ほんとに重たく感じる」<男子400メートル自由形>:東京新聞 TOKYO Web
夢も楽しみも奪われた。生きる意味を探してもがいた。中途障害で視力を失った富田宇宙選手(32)=日体大大学院=がたどり着いたパラリンピック。競泳男子400メートル自由形(視覚障害S11)で銀メダル。色は確認できないが「ほんとに、ほんとに重たく感じる」。涙をこらえながら喜んだ。(兼村優希)
◆高2から視力低下し、弱視から全盲に
高校2年から急速に視力が低下。2012年にパラ水泳のチームに入った。4年ほど前、病の進行で弱視から全盲に。一躍メダル候補に浮上。30歳を前に「新鋭」となった。
宇宙飛行士の夢は諦めた。「死にたい」と何度も思った。大学で始めた競技ダンスは全国大会の出場経験もあるが、障害が進んで「パートナーの足を引っ張る」と辞めた。システムエンジニアとして健常者に負けないよう働いたが「結局スピード勝負では負ける。見えないことはマイナスでしかない」と思うに至った。
このまま、一生下を向いて生きていくのか。「障害を生かして社会と関わらないと、自分はつぶれてしまう」。水泳は救いだった。
◆コロナ禍で本心は置き去りに
そこにコロナ禍が降りかかる。大会開催へ前向きな発言はしづらい。「状況が改善しないならやるべきではない」と言及したこともあった。本心は置き去りにして。昨年、代表に内定。いつもひょうひょうと話すが、このときだけは声を震わせた。「コンプレックスやハンディを乗り越える姿から、多様性を面白いと思ってもらえば、ポジティブに捉えられる。パラリンピックには世の中を良くする力がある」。自分が信じる大会の意義が「なかなか伝わらないのがつらい」と。
思い描いた人生とは違うかもしれない。でも世界を相手に表彰台に立った。「障害を負った意味が、この瞬間にあったのかな」。葛藤を抱えて歩んだ日々が、報われた。
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◆銀メダルとアジア記録更新
真っ暗闇で、ライバルがどこを泳いでいるのか全く分からない。全盲クラスは孤独な種目だ。400メートル自由形。4分31秒69。ゴール後、結果を知らされると、銀メダルにアジア記録更新。ひたすら自分と向き合った富田は「信じられない」とむせび泣いた。
タイムロスを最低限に抑えるため、コースのロープ際半分を使って泳ぐのはいつも通り。200メートルの時点でトップと2秒差の2位争い。ここからが真骨頂だ。「後半の体力には自信がある」。トップのドルスマン(オランダ)には水をあけられたが、3位以下をみるみる離す。残り100メートル。「もう死ぬかと思った」。50メートル。「最後は気持ちだけ」。無心で腕を回した。プールサイドに上がると、重力に負けそうになるほどふらふら。「苦しかった。本当に出し切ったので倒れそうだった」
健常者時代に身に付けた効率の良い泳ぎと、視覚障害者ならではの泳ぎをどう融合させるか。全盲クラスで欠かせないのが、絶えず腕をコースロープにこすらせ、方向を確かめる動き。ある程度腕を広げなければならず、水の抵抗を受ける。「安全だけど遅い泳ぎでは勝てないし、効率だけではリスクが増す。その兼ね合いがすごく難しい」。最適解を探ってきた。
◆導かれてメダルをいただいた
見えないから、ターンも壁の近くまで泳がないと失敗しそうで不安だったが、2019年の世界選手権でドルスマンに敗れてからは、健常者のようにもっと手前で伸びやかに回転するターンに変更。「全部うまくいくわけじゃない。ただ、選手として一つ一つの技術に一生懸命向き合ってやってきたと自信を持って言える」
中途失明で突然訪れた暗闇。それはコーチや仲間、故郷の家族とともに歩んだ道のりでもあった。「僕が自分でここに来たというより、みなさんに導かれて、このメダルをいただいた」。胸の宝物をそっとなで


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